新しい観点からみた大腸癌の疫学 Epidemiology of Colorectal Cancer from New Aspects あなたの氏名(脚注に所属、メールアドレスを記入) あらまし 大腸癌は,国際的には全癌罹患の9%,日本では18%を占める重要な癌である。日本は1980年頃までは低罹患国であったが,それ以降,わずか15年で世界でも最も罹患率の高い国の一つになっている。しかし,最近では,年齢調整罹患率は頭打ち,死亡率は低下している。性別では男で,年齢階級別では高年齢ほど罹患率が高く,昭和一桁前半生まれでやや高い罹患率が観察された。治療成績は5年生存率約65%にまで上がっている。大腸癌のリスク要因には肉類,加工肉,飲酒,肥満が,予防要因には身体活動が確実視されている。検診の有効性では,便潜血検診(化学法,免疫法)は死亡率低下の十分な証拠があり,不利益も少なく,集団レベルで,ある程度の侵襲を伴う注腸X線検査,S状結腸鏡検査,全大腸内視鏡検査はいずれも個人レベルで推奨されている。今後,生活習慣の見直し,検診・精検の受診率の向上により,大腸癌予防を一層進めていく必要がある。 キーワード 大腸癌,罹患率,死亡率,リスク要因,癌検診評価 はじめに【見出し1】 大腸癌は世界的にみても罹患率の高い癌で,従来罹患率の低かった地域でも増加しているため,その重要度は高い。本稿では大腸癌の記述疫学と関連要因,検診の評価について概説する。なお,推移や関連要因で,結腸癌と直腸癌に差異がみられるところでは,適宜,両者を分けて考察する。 大腸癌の記述疫学【見出し1】 【図1を挿入:大腸癌の死亡率の推移】 【図番号参照1件】 大腸癌は,部位別罹患率が世界で第3位の癌である。2002年には100万人の罹患が報告されており,これは全癌の9%にあたる。従来は欧米先進国で多かったが,近年その他の地域でも増加している。日本での死亡数は,1950〜2006年に11倍の増加を示している。【図1】に大腸癌の1950〜2006年の粗死亡率を示すが,一貫して増加傾向を示している。この項では,大腸癌の死亡と罹患の年齢別の推移,生存率,国際比較について述べる。 日本の大腸癌の推移【見出し2】 【図2を挿入:大腸癌の年齢調整罹患率と年齢調整死亡率】 【図番号参照3件】 【文献参照2件】 現在,大腸癌は肺癌,胃癌に次ぎ,死亡順位第3位であり,癌全体に対する割合は約13%である。【図2】Aに1975〜2006年の大腸癌の年齢調整死亡率を示す【[1]】。粗死亡率の一貫した増加傾向とは異なり,1995年以降,明らかな減少傾向が続いている。この傾向は男の結腸癌でより顕著である。【図1】で観察された粗死亡率の最近の上昇は,人口の老齢化によるものだと考えられる。一方,罹患数は癌全体の18%を占め,1位の胃癌とほぼ並んで2番目に多い。【図2】Bに年齢調整罹患率【[2]】を示す。1992年以降は横ばい〜微増にとどまり,一貫して続いていた増加傾向に歯止めがかかっている。 大腸癌の年齢階級別推移【見出し2】 【図3を挿入:大腸癌の年齢階級別死亡率,罹患率の推移】 【図番号参照1件】 5年ごとの死亡率,罹患率の推移を5歳階級別のグラフに描くと,出生コホートが追跡できるため,より詳細な動向が観察できる。【図3】に男の大腸癌の年齢階級別死亡率(A)と罹患率(B)を示す。最近まで一貫した上昇が認められるが,特に高齢者での増加が著しく,1985年以降は年齢が高いほど率が高い。1995年以降は死亡率も罹患率も低下しはじめている年齢階級が多く,時代効果が認められる。出生コホート別では,■で示した1926年から1930年(昭和一桁前半)生まれは,年齢や時代を考慮しても若干高い値を示しており,コホート効果があると考えられる。この傾向は,男では結腸癌,直腸癌の死亡,罹患のすべてで認められるが,女では男に比べてはっきりしない。これ以降の世代では,死亡,罹患とも減少していくと予測される。 大腸癌の生存率【見出し2】 【図4を挿入:大腸癌の罹患/死亡比の推移】 【図番号参照1件】 【文献参照1件】 大腸癌の1993〜1996年の5年生存率【[2]】は,粘膜癌を除くと男66.2%,女64.4%であった。生存率の推移は罹患率と死亡率の比で代用し,結果を【図4】に示す。これは,毎年の断面調査で,同じ集団を追跡したものではないので,解釈に注意が必要である。大腸癌の1975年の罹患死亡比は,男女とも1.5程度であったが,2002年には3.0程度と大きく改善した。しかし,1990年代中盤からの伸びは鈍化している。鈍化の理由の一つとして,癌の早期発見の増加と,早期治療による生存期間の延長も考えられる。 大腸癌罹患率の国際比較【見出し2】 【文献参照2件】 1970年代に行われた移民の研究より,結腸癌は環境に敏感に反応する癌であるといわれてきた【[3]】。日本人の大腸癌の,罹患率の推移を,主に宮城県の数値を用いて国際的【[4]】に比較する。75歳未満の年齢調整罹患率で比較すると,1960年の宮城県の罹患率は低く,登録のあった34地域の中で男女とも26位で,1位の米国コネチカットの罹患率の1/4程度であった。この傾向は1980年頃まで続いたが,1985年には突然中位グループに上昇し,1995年には,214地区の中で男は3位,女は32位とさらに上昇している。この年は他の日本の地域も,特に男で順位が高く,世界でも罹患率の高い地域になっている。わずか15年で大腸癌罹患率は激増したことになり,環境に敏感に反応する癌であるとする従来の考察を裏づけしている。また,ハワイの人種別罹患率でも,かつてとは異なり日系人が最も高い値を示している。2000年でも同じ傾向が続いている。 大腸癌の分析疫学【見出し1】 【文献参照1件】 分析疫学は,最終的には疾患の予防を目的としている。大腸癌の予防は,大きく一次予防と二次予防に分けられる。一次予防は,関連要因を評価し,そのコントロールにより大腸癌の罹患を予防するもので,関連要因のリストアップとその評価が重要である。それに対し,二次予防は,大腸癌の早期発見,早期治療により,死亡率を低下させるものであり,癌検診がそれを目的としている。これ以外では,大腸癌罹患に関与する遺伝子多型の疫学研究がいくつか報告されている【[5]】が,これからの二次予防戦略の基盤となっていくことが期待される。最近はこれに加え,2要因の交互作用に関する研究もはじまっている。交互作用とは,第1の要因の層により,第2の要因と大腸癌との関連が異なることをいい,ある遺伝子多型をもつものは,ある生活習慣を避けることにより発癌のリスクをより有効に下げることができるというのが典型例である。これはテーラーメイド一次予防につながるものであるが,大腸癌についての報告はまだ少なく,エピデンスは得られていない。この項では,現在までの大腸癌の一次,二次予防について,関連要因と検診の評価を中心に概説する。 大腸癌の関連要因【見出し2】 一次予防は関連要因が可変なものに限られ,生活習慣の改善による発癌予防がここに含まれる。大腸癌には,肺癌における喫煙や胃癌におけるピロリ菌感染などの,単一でインパクトの大きい関連要因がないため,生活習慣改善による地道な予防活動がより重要といえる。ここでは,一次予防を念頭に置いた関連要因について概説するが,関連要因の根拠になっている論文のほとんどは欧米由来のものであり,日本人の癌対策のためには,より多くの日本人集団での研究が必要である。 リスクを低下させるもの【見出し3】 【文献参照1件】 2001年の報告【[6]】によると,予防効果が確実視されているのは身体活動のみである。職業,家事,通勤,余暇のいずれの身体活動もリスクを低下させるが,この効果は直腸癌より結腸癌で顕著に観察される。予防の可能性が高いのは食物繊維,にんにく,牛乳,カルシウムの4つである。これらの要因については,比較的一致した結果や量反応関係がみられる。牛乳の効果は主にカルシウムによるもので,細胞の成長,分化,アポトーシスに作用すると考えられている。予防効果が示唆されるのは,食品では果物,野菜(いもなどを除く),魚,栄養素では葉酸,セレニウム,ビタミンDがあげられる。サプリメントとしてのセレニウムもここに分類されている。予防効果に対してある程度の根拠はあるが,論文による結果の不一致があり,現在は「示唆」のレベルに留まっている。 リスクを上昇させるもの【見出し3】 リスク上昇が確実視されているものは,肉類(牛,豚,羊),加工肉,男の飲酒,肥満,腹部肥満があげられている。肉,加工肉の発癌メカニズムは,N-ニトロソ化合物や,高温調理による発癌性物質の生成などの関与が考えられている。飲酒には少量飲酒でリスクの下がるJ型の量反応関係が認められる。1日30グラム以上のエタノール摂取は大腸癌のリスク要因となる。肥満はBMIにより,腹部肥満は腹囲またはウエストヒップ比で評価される。数多くの研究で量反応関係が確認されており,確実なリスク要因としてあげられている。そのメカニズムとして,ホルモン環境や炎症との関連が考えられる。リスク要因の可能性の高いのは女の飲酒のみである。リスク要因であることが示唆されているのは,チーズと栄養素としての鉄分,動物性脂肪,砂糖の4つであり,今後のさらなる研究が待たれる。 大腸癌検診の評価【見出し2】 【文献参照1件】 大腸癌検診は,大腸癌の早期発見,早期治療による死亡率の低下のみならず,ポリペクトミーによる大腸癌罹患率の低下も期待されている。近年のEBMの概念の普及により,日本においても検診の有効性の評価がされるようになった。2005年にはガイドラインが発表され【[7]】,7種類の検診に対しての証拠と推奨レベルが定められている。推奨レベルA(死亡率減少効果を示す十分な証拠があるので,実施することを強く勧める)には,便潜血化学法と便潜血免疫法がリストされている。化学法と比べると免疫法は感度がより高く,受診者の食事,薬剤制限の必要がないため,こちらを第1選択にすることが推奨されている。 これに対し,ある程度の侵襲を伴う注腸X線検査, S状結腸鏡検査,全大腸内視鏡検査はいずれも推奨レベルCに分類された。これは,「死亡率減少効果を示す証拠があるが,無視できない不利益があるため,集団を対象として実施することは勧められない。個人を対象として実施する場合には,安全性を確保するとともに,不利益について十分説明する必要がある」とされる検査である。S状結腸鏡検査と便潜血化学法の併用法もここに分類されている。これらはマススクリーニングとして実施するのではなく,人間ドックや二次検査として,十分な説明とともに行われるべきものである。直腸指診は,死亡率減少効果がないことを示す証拠があるため,実施することは勧められない(推奨レベルD)と判定された。大腸癌検診の問題点として,検診受診率,精検受診率が低いことがあげられており,受診者への情報提供のための支援対策の検討が必要である。また,このガイドラインでは,推奨レベルを決める判断基準として経済効果を採用していないが,がん検診実施の判断の際には検討すべき条件であるので,今後の検討課題となっている。 おわりに【見出し1】 大腸癌罹患率は,国内では胃癌と並んで最も多く,日本人の大腸癌罹患も世界でも高い値を示している。近年までの,罹患率上昇の背景には,肉類の摂取増加,肥満,身体活動の不足などが考えられる。治療成績は向上しているが,生活習慣の見直し,検診・精検の受診率の向上により,大腸癌予防を一次,二次の両面から,さらに進めていく必要がある。 文献【見出し1:番号なし】 厚生労働省大臣官房統計情報部:人口動態調査,http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/cgi/sse_kensaku Matsuda T, Marugame T, Kamo K et al : Cancer incidence and incidence rates in Japan in 2002 : based on data from 11 population-based cancer registries. Jpn J Clin Oncol 38(9) : 641-648, 2008 Dunn JE : Cancer epidemiology in populations of the United States--with emphasis on Hawaii and California--and Japan. Cancer Res 35(11 Pt.2) : 3240-3245, 1975 North., A.B., South, C.D. Cancer Incidence in Antartica(1998-2002). In : Curado. M.P., Edwards, B., Shin. H.R., Storm. H., Ferlay. J., Heanue. M. and Boyle. P., eds(2007), Cancer Incidence in Five Continents, Vol.IX, IARC Scientific Publications No.160, Lyon, IARC. 井上 裕,森 正樹 : 遺伝子多型とは何でしょうか? 大腸癌発生に遺伝子多型は関与しますか? 大腸癌FRONTIER 1(2) : 149-153, 2008 World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research : Chapter 7.9 Colon and rectum. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer : a Global Perspective,Second Expert Report, 2001 平成16年度厚生労働省がん研究助成金「がん検診の適切な方法とその評価法の確立に関する研究」班 : 有効性評価に基づく大腸がん検診ガイドライン. http://canscreen.ncc.go.jp/pdf/guideline/colon_full080319.pdf, 2005